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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)2572号 判決

反訴原告

小林明

ほか三名

反訴被告

笹野義春

ほか一名

主文

反訴原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、反訴原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  反訴被告(以下、単に「被告」という。)らは、反訴原告小林明(以下「原告小林」という。)に対し、各自金四〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、反訴原告野村則夫(以下「原告野村」という。)に対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、反訴原告片岡政春(以下「原告片岡」という。)に対し、各自金一一万八八三〇円及びこれに対する昭和六三年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告らは、反訴原告福岡譲二(以下「原告福岡」という。)に対し、各自金一二万一八三〇円及びこれに対する昭和六三年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが左記一の交通事故の発生を理由に被告笹野義春(以下「被告笹野」という。)に対しては民法七〇九条により、被告株式会社笹野運輸(以下「被告会社」という。)に対しては自賠法三条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

交通事故

(一)  日時 昭和六三年四月八日午後四時ころ

(二)  場所 名古屋市中村区大門町六番地先路上

(三)  原告車両 原告小林運転、同野村、同片岡及び同福岡同乗の普通乗用自動車(名古屋三三ね一二一九)

(四)  被告車両 被告笹野運転の普通乗用自動車(名古屋三三の五五六六)

二  争点

1  被告らは、本件事故態様につき、路上に駐車していた原告車両が何の合図もなく突然右前方に発進したため、被告笹野が急制動の措置をとつたが間に合わず被告車両の左前方に原告車両の右後方が衝突したもので、原告小林の一方的過失により生じたものであると主張して、被告笹野は、自己の過失を争い、被告会社は、同社及び被告笹野が自動車の運行について注意を怠らず、原告車両に構造上の欠陥及び機能の障害もなかつたとして自賠法三条但書の免責の抗弁を主張する。

2  被告らは、本件事故と原告ら主張の傷害との間の因果関係及び損害額を争う。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  本件事故と原告らの受傷との因果関係

1  本件事故状況及び衝突の程度

(一) 甲第三号証の二、三、被告笹野本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告野村本人の供述部分は措信できない。

(1) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりであり、東西に走る幅員九メートルの市道(以下「本件道路」という。)上である。

(2) 被告笹野は、本件事故前、被告車両を運転して本件道路上を中島町方面から元中村町方面に向かつて走行していたところ、進行車線上に五、六台の駐車車両があつたため、これらの車両が信号待ちのために停止しているものと誤解して、別紙図面中の〈1〉の地点(以下「〈1〉点」といい、同図面中の他の地点についても同様に表記する。)において一時停止したが、直ぐに右各車両が信号待ちのために停止しているものではないことに気付き、被告車両を〈1〉点から〈2〉点へ後退させてから、時速五、六キロメートルの速度で右駐車車両の最後尾の車両(別紙図面中の〈B〉の車両)の右側方を通つて〈4〉点まで進行した。その際、被告笹野は、本件道路右側に大勢の人が出ていたのに気を取られて前方注視を怠つたため、〈4〉点に至つて初めて約三・八メートル前方の〈×〉点に停止していた原告車両を発見してブレーキをかけたが間に合わず、被告車両の前部バンパーが原告車両の右後部バンパーに追突した。その結果、原告車両は〈×〉点から約一・〇メートル前方に押し出されて停止し、一方、被告車両は、追突後約〇・三メートル前進して停止した。

(3) 右追突の結果、原告車両にはリアバンパーフエイスの右角に擦過痕様の損傷が生じたのみであり、被告車両はフロントバンパー中央部分で局所的にバンパーモールが剥がれ、ナンバープレートの上に相当するあたりでバンパー上縁部が局所的にやや押し込まれるように変形した。

(二) 甲第二号証によれば、次の事実が認められる。

(1) 前記認定の原告車両及び被告車両の損傷状況から被告車両が原告車両に追突した時の相対速度は、最大に見積もつて五・八キロメートルと推定され、右速度を前提にして力学計算したところによると、本件事故によつて原告車両に生じた衝撃速度は、約〇・六八Gと推定されるが、これは、走行中にブレーキを強く踏んだ時に生じる加速度(最大〇・九G)と比較すると相当に低いレベルである。

(2) 本件事故によつて原告車両に生じた衝撃加速度を〇・六八Gとすると、本件事故時原告車両の乗員の頸部に負荷されたトルク(頸部に生じる回転力)は大きめにみて二・五ft―1bと推定されるところ、右は、メルツとパトリツクがボランテイア及び屍体を使つて行つた衝撃耐性実験の結果を前提にして無傷限界値として提示した後屈負荷トルク(三五ft―1b)の約七・一パーセントにすぎない。

(3) 本件事故によつて被告車両に生じた衝撃加速度を〇・六八Gとすると、本件事故時原告車両の乗員の頸部に負荷された力は、約三七ニユートンと推定されるところ、右は、米国のミシガン大学D・R・Foust教授らが志願者一八〇人を集めて測定した一般男性の頸部筋力の約四分の一のレベルにすぎない。

2  原告らの治療状況

(一) 原告小林

甲第四号証、乙第七ないし第一〇号証によれば、原告小林は、本件事故の翌日である昭和六三年四月九日、大菅病院において診察を受けたが、その時の医師に対する同原告の訴えでは、本件事故態様については、乗用車に乗車中に追突を受けたとのことであつたこと、病状については、頸部痛を訴えていたため、医師は傷病名を頸部挫傷と診断したものの、レントゲン撮影検査は実施されなかつたこと、原告小林は、平成元年五月二二日まで(実通院日数一〇〇日)通院治療を受け、その後、平成元年七月三日の診断により同日付で症状固定とされたこと、ところで、原告小林の症状はスパーリングテスト、アレンテスト等は陰性であり、上肢の知覚低下等はみられず、両肩諸筋硬結(肩こり)以外に何らの他覚的所見もなかつたが、原告小林が、頸部痛、頭重感、眩暈等を訴えていたため、鎮痛剤の投与、頸椎牽引及び超短波による理学療法、湿布が行われ、通院中の治療法に特に変化はなかつた。

(二) 原告野村

甲第五号証、乙第一二ないし第一五号証によれば、原告野村は、本件事故の五日後である昭和六三年四月一三日、大菅病院において診察を受けたが、その時の医師に対する同原告の訴えでは、本件事故態様については、乗用車の助手席に同乗中に追突を受けたとのことであつたこと、病状については、同原告が頸部痛、首から背中にかけての重感を訴えていたため、医師は傷病名を頸部・腰部挫傷と診断したものの、レントゲン撮影検査は実施するまでもないと判断されたこと、原告野村は、平成元年五月一九日まで(実通院日数四一日)通院治療を受けたこと、ところで、原告野村の症状には何らの他覚的所見も認められなかつたが、原告野村が、頸部痛や腰部痛を訴えていたため、初診時から昭和六三年四月二六日までは投薬及び湿布が行われ、昭和六三年五月三一日以降は専ら超短波による理学療法が継続された。

(三) 原告片岡

甲第六号証、乙第一六及び第一七号証によれば、原告片岡は、本件事故の一七日後である昭和六三年四月二五日、大菅病院において診察を受けたが、その時の医師に対する同原告の訴えでは、本件事故態様については、乗用車に同乗中に追突を受けたとのことであつたこと、病状については、同原告が頸部の張りを訴えていたため、医師は傷病名を頸部挫傷と診断したものの、頸椎のレントゲン撮影検査を実施したところ、異常は認められず、湿布、投薬を実施したのみで、その後の通院はなかつた。

(四) 原告福岡

甲第七号証、乙第一八及び第一九号証によれば、原告福岡は、本件事故の一七日後である昭和六三年四月二五日、大菅病院において診察を受けたが、その時の医師に対する同原告の訴えでは、本件事故態様については、乗用車に同乗中に追突を受けたとのことであつたこと、病状については、同原告が頸部痛と腰部痛を訴えていたため、医師は傷病名を頸部・腰部挫傷と診断したものの、頸椎・腰椎のレントゲン撮影検査を実施したところ、異常は認められず、湿布による加療を実施したのみで、その後の通院はなかつた。

3  以上認定事実を総合して判断すると、本件事故は原告車両の乗員の身体に影響を及ぼす程度の衝撃があつたとまでは認め難いことから、原告小林及び原告野村が本件事故によつて一年余にも及ぶ長期間に亘る通院を必要とする傷害を負つたとは到底考えられず、また、原告片岡及び原告福岡についても、本件事故によつて原告車両の乗員の身体に影響を及ぼす程度の衝撃があつたとまでは認め難いことに加え、本件事故後、一七日間も経過して後、初めて医師の診察を受けており、その際、原告片岡及び原告福岡にその訴える症状が真実存在していたとしても、本件事故により傷害を負つたとは断定できず、結局原告ら主張の傷害と本件事故との因果関係は立証されていないといわざるを得ない。

二  結論

以上の次第で、原告らの本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 深見玲子)

別紙 〈省略〉

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